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  • Writer's picturefuzuki hoshino

5月27日(火)

夜中に病院から電話がかかってきて、「すぐに病院に来てください」と呼ばれたので、おばあちゃん、母、妹、私で車に乗って深夜の病院へ向かった。

インターホンを押すと夜勤の看護婦さんが案内してくれて、裏口から業務用のエレベーターに乗る。病室に入ると、おじいちゃんは酸素マスクを付けたまま苦しそうに息をしていて、目はもう開かない。「文月だよ、会いに来たよ!」と大きな声で呼びかけると、液晶に映し出された心拍数が急に上がって、赤色の線が画面の中で波を打った。おじいちゃんの手を握ると、もう骨と皮だけのからだなのに、信じられないくらいぎゅって強く握り返されて、何かがたしかに伝わっているのだと思った。その瞬間に、私は破水したみたいに膣から水が大量に出て、急にお腹が痛くなった。

トイレに行って、また病室に戻ると、おじいちゃんの周りをみんなが囲んでいて、私はこの繋がれてきた遺伝子の末端にいるのだと感じた。これまで一度もそんなことを考えたことがなかったのに、「もしも妊娠したら、子どもを産もう」と自然に思った。


数日前に内臓が破裂したというおじいちゃんの呼気からは、僅かな腐臭がした。ずっと病魔に侵されながら生き続けるのは、どれだけ苦しかっただろう。心の中で「もう大丈夫だよ、ありがとう」と言うと、血圧がみるみる急降下して、液晶の中で動いていた線はまばらな感覚になった。最後にゲートが開かれるみたいに目がゆっくりと開いて、数秒間おじいちゃんと目が合った。魂だけの存在になる直前のおじいちゃんの目のあちら側には、私がまだ行くことができない世界が広がっていた。

それから、またゆっくりと目を閉じて、ピーッという電子音が鳴るのと同時に息を引き取った。目の前にはさっきまで生きていたおじいちゃんの肉体があって、これまでの苦痛がやわらかく取り除かれたように安らかな表情でそこに横たわっていた。

私は悲しさよりも先に、目の前の大切な人が苦しさからやっと解放されたことに安堵する気持ちがあって、隣で泣いている母と妹と、まだ現実を受け止めきれていない祖母を交互に見ていた。

しばらくすると葬儀屋さんがやってきて、これからの段取りをてきぱきと進めていく。

祖母の家に戻ると深夜の2時を過ぎていて、ひどい空腹を感じたのでカップヌードルを食べた。胃のあたりが急にあたたかくなって、私は明日からもまだ生きるのだと思った。


5月29日(水)

おじいちゃんの死を悼んで数年ぶりに煙草を吸った。夜中の丘に寝転んで空を見ていたら、プラネタリウムで見るような満天の星が見えた。青く光りながら星がふたつ流れて落ちていくところを見た。


5月30日(木)

できれば木を切らないで欲しかった。おじいちゃんとの思い出が詰まった大きな胡桃の木をおばあちゃんは少し前に業者に依頼して切ってしまった。

「地主に返すときにみっともないから……」と、おじいちゃんの畑の象徴だった胡桃の木は、ただの太い切り株になっていて、まるで最初からそこには何もなかったみたいだった。

私はそれを見たら、たまらなく悲しくなって涙が止まらなくなった。

田んぼや畑、千曲川の河川敷をぐるぐると歩く。当たり前だけど、どこにもおじいちゃんは居ない。人はこんな風にして、突然居なくなってしまうのだなあって、いつか呆然としながら思った記憶がまた蘇ってきた。


弔辞を書いて欲しいって頼まれているのだけど、何を書けばいいのかわからないから、頭の中でおじいちゃんとの思い出をなぞってみる。思い出されるのは、一緒に楽しく過ごした記憶ばかりで、きれいじゃない感情だって何度も抱いたはずなのに、こうやって都合のいいように誰かとの記憶は改ざんされて、心の引き出しに仕舞われてしまう。別にそれが悪いことだとは思わないけど、私はどこまでも自分の都合で生きていて、身勝手な存在であることを忘れたくない。というか忘れてはいけないって思っている。


5月31日(金)

雨の日。お通夜の前の時間、親戚たちが集まってきて、昔のアルバムを見たりしながらわいわい話をしている。私は偏頭痛がひどくてその輪の中には入らなかった。


私の父は通夜に来られない。母方の親戚と関係がよくないことに加えて、持病の精神疾患が悪化していて、まともに人と話すことができないので、明日の葬儀だけ来られたら来るということになっている。「どうして⚪︎⚪︎さん(父の名前)は居ないの?」と聞かれるたびに、母は困ったように笑いながら曖昧な返事をしている。

それを見ているのが居た堪れなくなり「ちょっと散歩してくる」と言って、喪服のまま小雨が降る屋外へ逃げるように飛び出す。

雨に打たれた植物の緑が濃くなって、空気には青い匂いが混じっている。

息を大きく吸い込んで、吐き出して、人間が中心の世界の中で生きていくのはしんどいなあって思った。


6月1日(土)

火葬と葬儀の日。昨日からの雨は上がって、よく晴れていた。棺桶の中のおじいちゃんにお別れを告げて、遺体を焼いている一時間半で任されている弔辞を書こうとノートとペンだけ持って、火葬場の裏にある山を登った。見晴らしがよい場所を見つけて、木陰に座ってペンを走らせる。

弔辞の例文をネットで探してみる。形式ばかりのつまらない文章の中に、内田也哉子が父・内田裕也に送った弔辞を見つけて、それがかっこよくてしびれた。

「Fuckin’ Yuya Uchida,Don’t rest in peace. Just Rock’n Roll!!」

こんなイカしたこと言ってみたいなあ、と思ったけど私のおじいちゃんの性格にはそぐわないので、自分の言葉で気持ちを綴ってみる。頭の中で思い出を再生して、それを言葉に変換していく作業をしているとまた涙が零れた。

気持ちの良い風が頬を撫でて、目を閉じてじっとしていると妹から「そろそろ戻ってきてくださいー」と連絡がくる。私は今こんな風に生きていられていて、なんだかとても幸せだと思った。


焼きたての骨を拾いあげて、骨壺に入れる。骨をまじまじと見てみると珊瑚みたいに、白くてうすい層が重なっている。「こんなに骨がちゃんと残っているのはめずらしいことです」と火葬場の人が言う。たしかに、おじいちゃんの頭蓋骨はほとんどそのまま残っていた。


そのまま葬儀場に移動して、あっという間に葬儀がはじまった。名前を呼ばれて、さっき書き上げたばかりの弔辞をいざ読もうとすると、すぐに感情が込み上げてきてしまって、涙で原稿が見えなくなる。声が震えて、少し読むだけで止まってしまい、息を吸い込んでからまた少しずつ言葉を放つ。ぜんぜん思ったようには読むことができなかったけれど、今この場所で伝えたい言葉をちゃんと自分の声で言うことができたからよかった。

弔辞を述べ終えて、後ろを振り向くと親戚のみんなが泣きながら私の方を見ていたから、それを見て私は思わず笑ってしまった。


夕方になって外に出ると、山の上の方に橙色のとてもきれいな夕焼けがひろがっているのを見た。




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4月20日(土)

京都の亀岡市で開催されたイベント「次の電車がくるまで」に栞日として出店の手伝いに行く。朝の4時に松本を出発して、車で5時間。集合時間ぎりぎりに到着して、みなさんに挨拶をしてから急いで設営。古い長屋を改装して造られた建物は、とても落ち着く空間で屋外も使ってみんなのんびりと店を開けていてとても雰囲気がよかった。


途中で店番を抜けて、大阪の中之島で開催しているNAKANOSHIMA ZINE'S FAIRに向かう。知っている顔に挨拶をして、気になっていたブースでいくつかZINEを買った。


久しぶりに書くことで自己表現をしている人たちの熱気に触れて、やっぱり私は文芸の中でやっていきたいと改めて思った。

慣れない電車を乗り継いで京都市内まで戻る。ご飯を食べて、銭湯に入って、早めに眠った。


4月21日(日)

早起きして、鴨川を散歩する。小雨が降っていたけれど、それも気持ちよくてずんずん歩いた。六曜社で朝ご飯を食べて、また亀岡に向かう。

イベント2日目は、雨が降っていてあまり客数は伸びなかったから、昨日購入したZINEを読みながらのんびり店番をしていた。

撤収作業をしてから、本を車に積み込み、また松本まで車で戻る。雨で濡れた高速道路の路面が鈍色に光っていた。


4月22日(月)

やることが結構溜まっていて、朝から集中してひとつひとつ終わらせていく。

午前中にほとんどの仕事を終わらせることができたので、自転車に乗ってシネマライツで映画『パスト ライブス/再開』を観た。


整体に行って、早めの夜ご飯を食べる。21時からオンラインで大雅君、真拓君と本の校正作業。明日の午前が入稿の期限なので、全部のページを3人で同時にチェックしていく。Google meetは1時間で切れてしまうので、切れたら10分休憩して、また繋いで作業をして……と繰り返して、気がついたら日付を越していた。集中しているからか、やたらと甘いものが食べたくなって家にストックしていたおやつを片っ端から食べてしまう。

目が乾いて、集中力ががくんと落ちる。加筆が必要な箇所の対応をしようとするも頭が働かなくて、変なことを書いて自分でけらけら笑う。深夜の妙なテンション。

深夜2時になって、やっと終わりが見えてきたので、残りは明日の午前にやることに。ラジオをつけると伊集院光の「深夜の馬鹿力」がやっていて、久しぶりにリアルタイムで聴きながらカップラーメンを食べる。たまにする不摂生は後ろめたさがあって楽しい。だけど眠気が限界なので、ベッドに倒れ込むようにして眠った。



4月23日(火)

頭が覚醒してあまり眠れなかった。真拓君と入稿前の最終チェックをして、いよいよ入稿。校了した達成感と、寝不足の疲れが一気にきて、奇妙なテンションになる。


Something tenderで翠さんと待ち合わせ。あやかさんが作ってくれたいちごのフルーツサンドを食べながら、会えてなかったここ1~2ヶ月の話をした。

外に出て少し散歩をする。缶チューハイを買って、川沿いで乾杯した。昨日見た『パスト ライブス/再開』の話をして、「心から幸せを願える相手がいる人生って豊かだよね」って翠さんが言った。大切な人がすこやかに幸せに生きていけることを祈ることができるとき、自分の心も一緒に満たされるような感覚になる。

たとえ相手のことを好きで、大切に思っていても、自分に余裕がなかったり、距離が近すぎたり、自分の中にエゴイスティックな気持ちがあると、なかなかそう思うことができなくて苦しい。

『パスト ライブス/再開』の最後のシーンで、初恋の相手と24年ぶりに再開したノラが彼と別れたあとに、泣き崩れる彼女の肩を夫のアーサーがやさしく抱いて階段を上っていくシーンの中に、自分の感情よりも目の前の大切な相手の気持ちに寄り添おうとする姿勢に深い愛を感じた。その愛は、もともとそこにあったものではなくて、自分が相手のことを「愛したい」と強く希求したから生まれた、愛への意志だと思った。


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3月2日(土)

学生時代のバイト先の先輩でずっと仲良くしてくれているいくさんが遊びにきた。いくさんは仕事が転勤になって宇都宮で暮らしていると思っていたけど、よくよく聞いたら水戸に住んでいるらしい。水戸ってどこですか、どんなところ?と聞くと、これといっていいところがない街と教えてくれた。

荷物を置きにうちに寄る。どこか松本で行きたいところや、したいことはあるか聞くと「特にない」と言うので、いくさんらしくて笑ってしまった。日が暮れてきたので、スーパーに行って食材を買って、一緒にロールキャベツを作った。ご飯を作っていると有吉さんが部屋から出てきて、いくさんを紹介する。3人で一緒にロールキャベツを食べた。有吉さんといくさんは、LE SSERAFIMが好きという話題で意気投合して盛り上がっていた。私がお風呂に入っている間もずっと話し続けていて、私はそこにうまく参加できないのでだんだんと眠くなってきて、自分の部屋に戻ってベッドに入る。リビングからはずっとふたりの話し声が聴こえてきて、私はそれを聞きながら眠りについた。



3月3日(日)

いくさんと山山食堂に朝ご飯を食べに行き、それから松本城まで散歩して、風が強すぎてさむい、さむい、と言いながら歩いた。はやく春にならないかな、と私が言うと「もう春が大丈夫になった?」と聞かれて、少し考えてから、昔よりずっと春が平気になったと答える。

それから、どんな人に惹かれるかという話をして、「自分にないものを持っている人」と言う私に「自分にないものって例えばなに?」って聞かれ、さっきまでぺらぺらと喋っていたのに私は何も答えられなくなって静かになる。自分にないもの、自分にないと思ってるもの、相手にはあると思っているもの。それって一体何なんだろう。別に私は、自分にないものを持っているからという理由で人のことを好きになっている訳ではないよなあ、と思い直す。

いくさんは、ぽつぽつと小さな石を置くように話をする。ずっと昔から私のことを知っていてくれる人、遠くにいても気にかけて見ていてくれる人。たまにしか会わなくても、そういう存在に私はとても救われているんだと思う。見えない距離にいても私と繋がっている人はたくさんいる。そういう人がいてくれることをたとえ普段は忘れてしまっていても、たまにちゃんと思い出したい。

電車の時間が迫っていたので駅まで見送りに行く。またいつでも遊びに来てね、と言って別れた。ホームへ向かういくさんの姿が見えなくなるまで見届けてから、イヤホンをさして音楽を聴きながら家まで歩いた。


3月4日(月)

季節の変わり目でほんとにメンタルがぐらぐらで、朝ご飯を食べて仕事をしていたところまではよかったのに、有吉さんが起きてきてからは自分にぜんぜん余裕がなくなってしまい、同じ空間にいるのがしんどくなって外に出た。よく晴れていたけど、風が強くて結局かなり寒い。自分の状態を言葉で説明できたらよかったのだろうけど、言葉になる前の感情がこんがらがっていて、それを伝える気力も勇気もなかった。ぐちゃぐちゃした気持ちを誰かに聞いて欲しくて、春乃さんに電話をすると風が強くてよく聞こえないと笑われる。今自分は何がしたいのだろう、と考えて、いちごのフルーツサンドが食べたいと思って、ツルヤに行っていちごと生クリーム、薄切りの食パンを買った。なんだかずっと気持ちがさみしい。誰かにやさしくしてほしい、人にやさしくできなくて苦しい。

家に戻って、いちごを洗ってヘタを取って、食パンにクリームを塗る。1パックのいちごをぜんぶ使って贅沢なフルーツサンドを作った。

クリームの白に、鮮やかないちごの赤色がきれいで、作りながら癒されてゆく。自分の手を動かして何かができあがることに救われるような気持ち。完成したフルーツサンドを写真に撮って春乃さんに送る。断面があまりきれいにはできなかったけど、十分美味しかった。ひとつ食べたところで、結構お腹いっぱいになって、自分の欲なんてこのくらいで満たされてしまうのだなあと思いながら、残りをラップに包んで冷蔵庫に入れた。

一切れは有吉さんにあげることにして、マジックで名前を書いて置いておく。さっきはあまりよくない態度をとってしまって逃げるように家を出てしまったから、次に話すときには普通に話せるといいなと思う。


3月5日(火)

Amazon primeで『Polaris』というドキュメンタリー映画を観た。主人公は、幼少期に母親から愛されなかった過去を大人になってもずっと引き摺っていて、人を愛することがうまくできず、愛情を表現されても信じるのが怖くて、つい疑ってしまう。その性格がまるで自分を見ているみたいだった。

映画を観終わると、母から電話がかかってきて「今日松本に寄る用事があるけど、お米を持っていこうか?」と聞かれた。「うん、お願い。ありがとう」と答えて、電話を切ったあとで、私はちゃんと愛されてきたのに、どうしてこんな風にいつまでも自信がなく、愛情がずっとむずかしいんだろうって思った。


昼過ぎから雪がたくさん降ってきて、大雪警報が出された。すぐるが車で迎えにきてくれてうめちゃん・すぐるの家に行く。

ふたりが引っ越しちゃう前にお家で鍋しようって誘ってくれて、今日は春キャベツと豚肉の鍋を食べた。(すぐる作!)

ふたりが引っ越してしまうことの実感がまだ湧かないけど、隣の部屋には荷造りされた段ボールが積まれていて変な気持ち。


ワインをたくさん飲んで、たのしい気持ちのまま雪の中をくるくる走ったり、止まったりしながら家まで帰った。


3月6日(水)

昼過ぎから駅前のサイゼリヤで作業。いつの間にか注文票の表記が数字に変わっている。

ハンバーグランチセットを注文して、ご飯少なめにしたらよかったっていつも思うのに普通のを注文してしまう。えりさんに「スピッツの曲で何が好き?」とLINEすると「魚」と返ってきて、イヤホンをしてその曲を聴く。


しばらくすると暖房のせいか頭がぼーっとしてきて、ドリンクバーでQooの白ぶどうスカッシュを飲んだ。仕事はぜんぜん捗らなかった。


3月12日(火)

雨が降っているのでホットケーキを焼く。フライパンを熱してから、濡れた布巾の上に押し付けるとじゅうう、と蒸気があがる。用済みのあたたかくなった布巾にいつもなんとなく触る。ホットケーキはきれいにまるくなって、焼き目は月面のような模様になった。

雨の日に焼くホットケーキは、空気中の湿度を生地が含んで、雨の味になる。生地と一緒にあまい空気を食べている。コーヒーの匂いも、いつもより濃く感じる。ざあざあ降っている雨よりも、しとしと降る雨の方がホットケーキは似合うと思う。



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