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  • Writer: fuzuki hoshino
    fuzuki hoshino
  • Jan 19, 2023

朝、普通に目が覚めた。体調もそこまで悪くない。昨日の臨場感あふれる死の予感は何だったんだ…(心配かけた方すみません)


昨日は本気で、今ここで死ぬかもしれない!!と、すごくリアルに想像することができた。すると、「今から何をしたいか」ではなく「これまで自分は何をやってきたのか」ということをたくさん考えた。

今からジタバタしても仕方なくて、これまでの人生の自己満足度がどうだったかを内省した。それ(人生)について評価するのも自分だし、もちろん主体になっているのも自分で、他人が介在する余地がまったくなかった。


死について話題に出すのはあまり歓迎されることではないかもしれないけど、自分が死ぬという事実について考えて、そこから逆算して人生のやりたいことを考えてみるのはとてもいいことだと思った。思考がシンプルになるし、やりたいことをまっすぐやろうという意欲が湧く。人が死ぬのは悲しい。動物が死ぬのも悲しい。だけど、仕方がないらしい。だったら、生きているうちに会いたい人に会って、なるべく楽しく時間を過ごしたいと強く思った。


昨日は何かに取り憑かれていたような気がする。(昼間に散歩した神社にすごい気が満ちていたのは関係があるのかないのか)

真冬なのに、窓を開けなきゃ!と急に思って、窓を開けたら夜の気配がすごい勢いで入ってきて、それに押しつぶされるように体が重くなって動けなくなった。 思考まで重い感じになってきたので、残った力を振り絞って、塩を舐めないと…と本能が塩を求めたので、大きめの岩塩を嚙んだけど最初は味がしなくて、しばらくしたら塩の味がした。からだの重さが徐々に抜けて、もう一度ベッドに入って、明日を迎えられるだろうか…と頭の片隅で思いながら意識が消えていった。


正直、昨日の日記を書いたのもあまり記憶になくて、読み返してみたらやたら暗いし、これは人を心配させるわ…と反省する。 あくまでも主張しておきたいのは、私は死にたいとか、死のうと思ったわけではまったくなくて、生きたいとすごく思う立場に居ながら、現実的にやってくる死についてたくさん考えを巡らせながら、自分の生に向き合いたいと思っている。


私が書くものは暗い、とよく言われるけど、自分では一度もそう思ったことがなくて、その理由を考えてみると、そういう題材が私にとって一番リアリティを感じられる”生”だからではないだろうか、と最近は考えている。



 
  • Writer: fuzuki hoshino
    fuzuki hoshino
  • Jan 18, 2023

胃のあたりが気持ち悪くなってベッドに横になる。足がすごく冷たくて、このままひとりで死ぬんじゃないかと突然思った。今までに感じたことのないくらいリアルに自分の死を思った。

一人暮らしなのでこれで死んだらたぶん発見されるのは早くとも金曜日になるだろう。(母と妹が家に来る予定だから) 身近な人には私が死んだという情報が自然と知れ渡るとして、オンラインでカウンセリングを受けている先生や、SNSで繋がっていて、自分の死を知って欲しい人にはどうやって伝えればいいんだろう。一番信頼できて、死後の連絡や、持ち物の処分などをお願いしたいのは妹で、そういうことの一切を頼んでおこう、と思ったけど本当にこのまま死んだらそれを伝えることすら叶わない。

意識がはっきりしているのか、朦朧としているのか、よくわからない状態になってきて、まだ伝えたいことがあるのに伝えられていない人への後悔が生まれる。

それから、もう一冊くらい本を書きたかった、と思う。それは、夜の暗闇の美しさを描いたような物語で、装丁もなんとなくあたまのなかにある(というか突然浮かんできた)。

明るくて、愛に満ちた母のことが好きだとすごく思った。父も。妹はパートナーのように信頼していて、親友みたいに話すことができて楽しい。いつも自分の家族が不完全だと思って生きてきたけど、いまは、なぜかすごくこの家族のもとに居られたことがうれしいと思う。

最近老いて、よろよろしている猫よりは先に死にたくなかった。突然、感謝の気持ちが湧いて止まらなくなって戸惑う。


次に住む家は広くて、誰かと暮らしていて、それは楽しい暮らしになるはずだったから、体験できなくて残念だった。私はこれからもっとさらに良くなっていく予定だったから、もう少し長く生きられたらよかったと思う。知りたいこととか、学びたいこともまだあった。

過去の記憶より、なぜか視覚化されている少し先の未来の映像ばかりが頭の中に浮かんだ。そこには希望や願望も含まれているのだろうけど、かなり明るいものだった。


そうこうしているうちに、足の方にもあたたかさが戻ってきて、今度は全身があつくなってきた。頭は相変わらずくらくらしているけど、とりあえずこのまま死んでもあとの手続きに家族が困らないように、残せるメッセージだけは書き留めておこうと紙とペンを取る。

電気を点けたら、部屋は見覚えのある明るさになったけど、どこか雰囲気や匂いがちがう。

自分自身がいつもの状態ではないのかもしれない。体調が悪いのか、そうでもないのか判断がつかない。ひとりきりで死ぬのは、すごく孤独な感じがしてさみしい。だけど、人が見ているところでひとり死んでいくのも、想像するだけで堪らない気持ちになる。

 
  • Writer: fuzuki hoshino
    fuzuki hoshino
  • Jan 17, 2023

映画館に向かう途中、かばんの中で水が零れて、すべてのものが水浸しになった。 めずらしく本が一冊も入っていなかったからまだよかった。

ただ、財布の中に入っていたお札もびしゃびしゃで、映画のチケットを発券しようとしてもお札が機械に入らない。 私の財布には、一万円札が1枚と、千円札が8枚入っていたけど、すべてが金としての機能を失ったただの紙になった。


カードで支払いをして、映画を観る。

眼鏡ケース、眼鏡拭き、ナイロンのバッグ、ハンカチは、2時間ちょっとの映画を観終わったらきれいに乾いていた。眼鏡拭きなんて水が絞れそうなくらい濡れていたのに、かんぺきに乾燥していて、安堵するのと同時に、こんなに自分がいる環境って乾燥してるんだ…と恐ろしくもなる。


家に戻って、お札を広げて洗濯ばさみに干した。

カード類、診察券、ポイントカードもすべて財布から机に出してならべる。(病院の診察券がめっちゃ多い)一度濡れてしまった紙は質感が変わって、ちがう人格を持ったよう。


財布の皮もまばらに濡れて、なんか申し訳ない気持ちになる。

カード類を拭いて、あまり使っていないポーチに入れた。明日は、干してあるお札を回収して、このポーチを財布として使おうと思う。


一度お金としての機能を失った紙が、また乾いたら紙幣としてよみがえるのは不思議な感覚で、結局得したのか損したのかよくわからない気分になった。







 

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