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  • Writer's picturefuzuki hoshino

1月6日

寝ながらひどい脱水症状になって動けなくなる。声も出ないし立ち上がれなくて怖かった。変な夢をたくさん見た。この前『PERFECT DAYS』を観たあとに有吉さんに「モノクロの夢って見たことある?」って聞かれたけど、自分の夢には色が付いているかどうか思い出せなかった。夢の中では色という概念自体が欠落しているような気がする。


1月7日

松本から電車に乗って長野市へ。おととし遠野で出会ったミキちゃんが長野に来ているというので会いに行く。

善光寺まで歩く道中、ミキちゃんはさまざまなものに興味を持って、目を光らせながらそのひとつひとつを写真に収めていく。

こんなふうに世界と関われたらきっと楽しいだろうなあと思いながら、私はその様子を眺めていた。

ミキちゃんから最近の遠野での暮らしや仕事の話を聞いた。遠野祭に行ったとき、はじめて私はほんものの祭りを見たと思った。生きているものと、生きていたものがそこの場所で交わりながら大きなうねりになっていた。土地が持つ力に圧倒されながら過ごした数日間のほとんどを私はミキちゃんが暮らしていたシェアハウスにいて、気づけば神楽踊りの練習に参加していて、祭りの当日も連の中で踊っていた。遠野は不思議な人たちが暮らす、不思議な土地で、そこにいると自分がとても自由になった気持ちになれる。今度はもっとゆっくり訪れたいな。

善光寺で今年二度目のおみくじを引いた。結果は小末吉で、いいのか悪いのかよくわからないまわりくどい文章が記されていた。

結局自分でいい年にしていくから、おみくじなんて関係ない!って言いながら紙を結んだけれど、やっぱり大吉とか出てほしかったなあって、ちょっとだけ思ってる。

ミキちゃんと別れて、そのまましなの鉄道でおばあちゃんの家に向かった。考えごとをしていたら電車を乗り過ごして、気づいたときには西上田という駅にいた。慌てて降りて、乗り換えアプリで調べたら10分後に目的地まで戻れる電車があった。駅のホームは真っ暗で、待合室もなく、骨の芯まで冷え切ってしまいそうな寒さだった。10分間が永遠みたいに感じる。向こうからやっと電車がやって来た。

真っ暗な線路の上を、煌々とした光を放ちながら走って来る電車はどこか現実味がなくて、『銀河鉄道の夜』ってこんな感じかなあとか思いながら乗車する。

降りた駅は駅員が不在で、やっぱり人は誰もいない。改札を抜けたら雪が舞っているのが見えた。

1月8日

10時起床。とても気持ちよく眠って、光に包まれながら起きる。外がいつもより明るかったので、カーテンをあけると雪が積もっていた。雪が降った翌日のあの静けさ。

帰り際におばあちゃんが去年とれたお米を持たせてくれて、リュックに入るだけ野菜を詰められる。ありがたいなあと思いながら、すべての荷物を持つと肩が軋むくらい重たい。松本駅から家までの間に何度も心が折れそうになる。


帰宅してから大雅くんと真拓くんとの定例。今年はどうやって生き延びるつもりなのかふたりに聞いてみた。フリーで仕事をしている人の悩みはだいたい似たようなもので、気持ちを共有できることがうれしい。だけど、考えれば考えるほど、不安は尽きない。ほんとうに今年はどうなるんだろうか。


1月9日

ベランダの近くの陽がよくあたる場所に座って編み物をしているとあっという間にお昼になる。翠さんがやってきて、一緒に月末の合同展示の打ち合わせと、グッズのアクリルキーホルダーを作った。

去年の真夏にもアクキーをふたりでせっせと作って、そしてまた真冬の今もこうやって同じ作業をしている。

ラッカーを塗って、乾かして、表面の紙を剥がして、余計についた色を削り取って磨いていく。一個つくるのにかなり手間がかかるけれど、手を動かして何かができあがるのはやっぱり楽しい。

途中で休憩しにコンビニまで歩いて、チョコクリームが入ったワッフルとコーヒーを買ってまた作業を続けた。気がつけば日が暮れて、あっという間に夜になってしまった。今日は一日がとてもはやく過ぎていく。

お風呂に入ったとき、なんとなく思いつきで湯船に潜ってみたら鼻から思い切りお湯を吸い込んで死ぬかと思った。鼻から喉にかけてすごい水が流れ込んできて、泣きながらむせた。苦しかったけど、普段触れられないところに水が通って、よくわからない感動があった。


1月10日

数か月ぶりに美容院に行って髪の毛を染めた。美容師さんにおまかせしたら深い赤色に紫とピンクを混ぜた色をいれてくれた。


ずっと伸びっぱなしだった前髪も切った。前髪がある状態を見たらやっと自分という感じがして、顔が落ち着く。しばらくは前髪を分けて過ごしていて、それも悪くはないと思ってたけど、鏡を見るたびにどこか落ち着かないような気持ちがあったので、やっと自分の顔になったと思った。


有吉さんがインスタに近況を綴った長文を投稿していて、近況を投稿できるくらいには心が回復してきたのかな、と思う。だけど、すぐそう思ってしまうのは軽率で危険なことかもしれない、とすぐに思い直す。 相手の回復を祈りつつ、私は私で気分よくすごしていたらいいのだし、心配しすぎず、干渉しすぎずという距離感をずっとはかり続けている。


夜は豆腐ハンバーグを作って食べた。

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1月1日 年が明けた。うめちゃんから松本に居るから遊びたいという連絡がきたので、薄川で合流して散歩した。外は1月らしくしっかり寒い。私も今年は親戚と集まるのがなんとなく億劫なので、松本に居ることにする。 イオンで各々好きなドーナツを買って、うちでカフェオレを淹れて食べた。 去年のうちにやろうと思ってずっと放置していた、自分の収支を把握するという作業を手伝ってもらう。久しぶりにマネーフォワードを開いたら見方がぜんぜんわからなかった。いつも、確定申告直後はお金と向き合う意欲があり、レシートを管理したりデータを付けようとしているけれど、しばらくすると本当に何もやらなくなってしまって、自分の極端さにびっくりする。うめちゃんのおかげで昨年の収支をなんとなく把握することができた。 夕方、緊急地震速報が鳴ったかと思ったらすごい揺れが起こった。寝ていた有吉さんも起こして、3人でリビングの机の下に避難した。うちはマンションの3階だからかすごく揺れた。長い横揺れは、高校3年の時に経験した東日本大震災を思い出した。 テレビをつけると北陸の様子と、どんどん広がる被害の速報が流れて、つい吸い込まれるように画面を見てしまう。テレビを消して、買い物に行く。 白菜と豚肉とスライスした大根の鍋を作って食べた。飯山線が止まってすぐる(うめちゃんの夫)が帰れなくなったので、うめちゃんがうちに泊まっていくことに。 みんなでダイアンのYoutubeを見て、交代でお風呂に入って、はやめの時間に眠った。


1月2日

うめちゃんと朝ごはんを食べて(トーストと、コーヒー)、私は洗濯物を干したりして、うめちゃんは昨日の洗い物をしてくれた。この家には当たり前みたいにうめちゃんが居ることが多い。私はそれがうれしい。 夕方、シネマライツに『PERFECT DAYS』を観に行った。最後の朝焼けのシーンが美しくてとてもよかったな。年始の街が静かなときに観られてよかったと思う。 夜は実家に帰った。めずらしく家族みんなが居て、ご飯を食べて、お風呂に入ってあたたかい布団で眠る。私にとって実家は、くつろぐことができて、安心する場所の一つなのだけど、そう思えることが当たり前じゃないんだ、ってことを最近よく考えるようになった。


1月3日

昼過ぎから妹と初詣に行こうと思って、上社へ向かう。ふたりとも三が日の人の多さを甘く考えていて、途中道路の渋滞がひどかったので早々に諦めてミスドへ行き、ドーナツを食べた。 帰りにセリアで毛糸を買って、動画を見ながら無心で編み物をはじめる。ここ数日のニュースやSNSが、震災や痛ましい事故のことばかりで心が削られてしまったみたいで、無心で手を動かすことにすごく癒された。 冬になると突然編み物をしたくなり、春が来るとやめて、また寒くなるとはじめて……と繰り返して今年で3年目。毎年ブランクがしっかりとあるので、いつも最初は編み目の数がおかしくなってしまう。 今日も編み目が合わなくて、何度もほどいては、やり直して少しずつ進めている。


1月4日

朝起きて、なんとなくTwitterとThreadsのアプリを消去した。そこにある今の空気感や、飛び交う言葉を見ると心がしんどい。アプリを消しては、また利便性のためにダウンロードするということを一年で何度か繰り返している。 母と妹と初詣のリベンジで今日も上社へ行く。とても寒かったので参道で甘酒を買った。 お参りをして、100円のおみくじを引く。私は小吉で、今年は何をやってもそんなにうまくいかない年、みたいなことが書いてあった。根拠なんてどこにもないけれど、今年はぜんぶがうまくいくってなぜか本気で思っているから、おみくじに書いてある言葉のことなんてぜんぜん信じてない。


そのあと、能登半島への支援物資を集めて届けるプロジェクトを行っているRebilding Centerへ家で使っていない毛布や防寒具を届けにいく。リビセンは、入口にスタッフがたくさんいて、すごく活気があった。こういうときにすぐに立ち上がって動ける人たちのことを本当に尊敬する。自分にできることなんて小さいけれど、それでも何かすこしでも役に立てたらって思う。 今日も極力ネットを見ないようにして、編み物をしていた。 昨年末から少しずつ読み進めていたカポーティ―の小説を読み終わってしまって、なんだかさみしい。


1月5日

朝、雑草や道が凍っていた。光をきらきらと反射させていて、冬の晴れた朝はとてもきれいだなあと思った。冬のどんよりした曇りの日は、さみしい気持ちになるから苦手。 私は天気に気持ちをすごく左右されている。天気くらいでさみしくなったり、うれしくなったりしたくないとずっと思ってきたけど、だんだんと自分の気分なんてものは天気みたいに簡単に変わってしまうことを理解してきたように思う。 と書いてはみたけれど、一瞬すごく晴れて気分がよくなると、それがずっと続くような気がしてしまう。続けばいいな、って思う。 自分の手には負えないものに期待して、それがうまくいかないと心が細くなり、どうしようもない気持ちになるのをやめることができない。 誰にも見られていないところで泣きたくなる。思い切り喚いたりしたい。そういう自分は絶対に見られたくないと思う一方で、どこかで誰かに知っていてほしいみたいな気持ちもある。

何もかなしくないのに、私にはかなしいことなんて何も起きていないのに、たしかにかなしい気持ちがここにある。自分にはかなしいことが起きていない、ということがかなしいのかもしれない。 なるべく外側に意識を向けられるように、友だちと話したり、散歩をしたりして過ごしている。だから、寒いのはまだなんとか我慢するから、毎日なるべく晴れていてほしいと思う。

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11月2日(木)

7時に松本駅集合、ロータリーのところで待っていると諏訪から真拓くんが大きな車で拾ってくれる。ナビに松本から秋田県までの道のりと時間が表示されていて、あと8時間55分で着く予定らしい。車には、真拓くんのパートナーのさおちゃんと、きみほちゃん、ありさちゃんが乗っていた。高速に乗って、これからひたすら北を目指していく。 距離が長いのでみんなで交代しながら運転をした。私はペーパードライバーだし、高速を運転したことが一回しかなくて不安だったけど、年下のみんなが普通の顔してやってのけていたから、なんだか自分にもできるような気がして私も新潟に入ってから運転をした。 そしたら、急にどしゃぶりの雨が降ってきて、視界がものすごく悪い!ほんとうに信じられないくらい雨が降ってきた。助手席のさおちゃんがワイパーの動かし方を教えてくれたけど、いくらワイパーを素早く動かしてもほとんど何も見えないくらい強い雨がたくさん降っていた。そこから1時間半くらい運転して、どこか知らない小さなSAで降りたときにはすっかり小雨になっていた。 私たちは日本海側をずっと走った。新潟は縦に長いから、ずっと新潟県を走っているような気持ちになる。そこから山形を通って、気がついたら秋田に入っていた。 もうその時点ですっかり外は暗くなっていた。私たちが目指しているのは北秋田市にある根子(ねっこ)という人口100人の集落で、そこで大雅君は暮らしている。やっと秋田に入ったと思ったけど、根子があまりにも遠かった。 街灯のほとんどない道が続いて、途中でイタチか狸が飛び出してきて車とぶつかった。生きている物を轢いてしまったやわらかい衝突の感触。そのあとにごりごりと鳴ったのは背骨をタイヤが轢いて潰した音。社内にうすく気まずい空気が広がった。誰かが何か言った気がしたけどよく聞こえなかった。私の耳には、さっきの背骨が潰れた音がまだ残っていた。


根子について今日泊まらせてもらうお家へ向かう。キッチンに大きなボールが二個あって、ぶつ切りにされた肉と血で赤くそまった水。その隣にビニール袋に入れられた熊の手が置いてあった。今朝、熊が捕れたから解体して鍋にしています、と家の人に言われる。おそるおそる熊の手を持ってみると、想像よりもずっと重い。


みんなで大雅君の家まで歩いて、熊鍋と日本酒、秋田の漬物などをご馳走になった。 いつもZOOM越しに見ていた大雅君の部屋が急にリアルに現れて、いろいろな解像度が一気にあがった感じ。 冬になると雪で埋まって外が見えなくなる、という窓の近くに私は座っていて、雪深い秋田の冬を想像しながらお酒を飲んだ。 外に出ると、真っ暗な空に見たことないくらいたくさんの星が瞬いている。ずっと見ているとこのまま吸い込まれてしまいそうだった。辺りはほんとうに静かで、川に流れる水の音だけが聞こえる。

みんなで空を見上げながら、また宿までの道を歩いて帰った。



11月3日(金)

朝起きて、ここはどこだっけ……と知らない天井を見る。隣で寝ているありさちゃんを起こさないようにそろそろと布団から抜け出して、一階に降りていく。 居間の大きな窓から光が溢れて、一面の紅葉した樹々が見える。


朝になると世界が変わってしまったようにすべてが光っていて、昨日の夜は真っ暗だったせいで何も見えなかったけれど、こんな場所に私はいたんだ、って全身が静かに驚いている。ここから見えるぜんぶが祝福されているみたいにものすごく光っていた。


「熊が出るからひとりで散歩に行ってはだめだよ」って昨晩注意されたことを思いだしながら、でも、だけど、こんなの行かないわけにはいかないでしょう、って自分の中にちょっと強い気持ちをつくってから、玄関を静かにあける。誰にも気づかれないように外にでた。


外は11月とは思えないようなあたたかい空気が満ちていて、湿った落ち葉の匂いがする。 静かで、やわらかい光に包まれていて、ここにある穏やかさは一体なんだろう…?と考えていると、そういえば昨日、大雅くんが「この集落には一軒もお店がなくて、自動販売機すらないからお金を使う場所がないんだよ」と話していたことを思いだす。 人と、自然と、動物の気配しかない、小さな山あいの集落。歩くたびに心がほどけていくような心地がする。


知らない土地を自分の足で、気が向くままに歩くのが私は本当に好きだ。

あまり遠くまでいくと道がわからなくなると思って、途中で引き返して、宿に戻った。起きてきたみんなと朝ご飯を食べる。


おかずで用意してくれてあった梅干しが見たことがないくらい大きくて、4等分にわけて食べた。ご飯に乗せて一緒に食べると、梅だと思っていたそれは実はあんずで、噛むとしっかりとしたあんずの食感と果実の味がした。 このあたりではあんずを梅干しのように漬けて食べるのだそうで、どこかで見つけたらきっと買って帰ろうと思う。


またみんなで車に乗って、秋田市を目指す。



11月4日(土) ワークショップの日。想像していたよりもたくさんの人が集まって来てくれて、うれしい気持ちと、自分はうまくやれるだろうか…という不安な気持ちが交互にくる。人前で話すのはいつだって緊張するし、上手に話せないし、なんか変なことを言ってしまうし、はっきりと向いてない!といつも思う。 だけど最近は、私がうまく話せないからこそ、そこにいる人が集中して耳を傾けてくれて、結果としてその場に一体感のようなものが生まれるのではないか…みたいなことを考えている。それがいいのか悪いのかはわからないので一旦置いておくけど、自分だからできることがあるのかもしれないなあ…とめずらしくポジティブな考え方をしている。


ワークショップのあとは大雅君の母校のAIU(国際教養大学)に連れて行ってもらった。 そこにはすばらしい図書館があると、ネット記事かなにかで以前見たことがあって、いつか足を運んでみたいと思っていたのでうれしかった。

在校生のふたりが構内を案内してくれる。図書館はやっぱりすばらしく、足を踏み入れた瞬間から音が吸い込まれるような静けさを感じた。世界中の本が高い棚にこれでもかと収められている。その間を音をたてないようにそっと歩いてまわった。

さまざまな時代に書かれたたくさんの本たちを見ていると、いま自分は時間という地層の上に立っているのだなあ、と急に思って、そのことが信じられないというか、かなり途方もない気持ちになった。本が本としてつくられて、保管され、読み継がれていくことの意義を肌で感じて、私は言葉をなくす。 あらゆる時代のあらゆる場所に、誰かがいた。そこで何かを思い、伝えようとして言葉を使った。今も昔も変わらずに人間はそういう営みを続けて、遠い時間を越え、ここでまた出会うことができるということ。私はやっぱり途方もない気持ちになって、うまく言葉がでてこない。

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